子どもの将来の不安は親のモノ?構い過ぎの毒親には注意

11月
この時期になると
全ての部活で
3年生は引退となり
 
中学・高校と
受験の話題が一気に増えます。
 
また先日は
小学生の息子を持つママが
 
子どもの将来について
親はどうしてあげたらよいのかと
迷い悩む思いが溢れでていました。
 
子どもとの向き合い方に
マニュアルはないのですが
 
あなたにとっても
聞きたかった何かがありますように。
 

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今の学校は

小学4年生頃から
将来について
掘り下げる授業に
時間がさかれている。
 
なりたいもの
なれるもの
得意か好きか
合うか合わないか
 
○○の業種に就くには
どの大学が必須で
そこを狙うなら○○高校
ならば○○中学を受験…
 
という風に
実現するためには
どう進めていくか
 
今からできることに
フォーカスして
進路を決める的な考えですね。
 
参観日や発表会
将来の希望シートなど
親子で話題にする機会が
学校サイドで設定されています。
 
でもあれですねー。
時代が違うとはいえ
自分たちの頃は
 
将来について
就職組でも高校3年生
 
進学組なんか
取りあえず入れる大学に行って
卒業までに見つける。
 
みたいなことでしたが
今の子どもたちと先生は
別次元ですね。
 
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やってみなけりゃわからない

ここまで大人になって
気づいたことは
 
習い事や塾
部活ふくめそうなんですが
 
・やってみないと分からない
・同じ環境でも人により
 合う合わないがある
・好きでも下手はある
 
ひと通りやってみて
・がんばってもできない
・できることが増えても
 好きになれない
 
うんと小さい子ならば
「やればできる」
と言ってやれるけど
 
大人になれば
「精一杯がんばりました」
で結果に繋がっていなければ
やってなかったと同じこと。
 
もちろんその過程にも
価値は見いだせますし
 
その先に仲間の成長があって
続ける意義があるのであれば
ちょっとプラスな風ですが
 
仕事となれば確実に
結果を出すのが当たり前。
 
しかも早いほど
いいのです。
 
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何度もやってくる分岐点

今活躍されている
ビジネスのリーダーや
アスリート
研究者の皆さんは
 
諦めなかったからこそ
達成できた夢
つかめた成功
それは紛れもなく事実ですし
 
【継続は力なり】
これも価値のある言葉。
 
ただ人それぞれ
がんばったの基準は違えど
やってもやっても日の目を見ない時
 
そこはまた人生の
分岐点だったりするのかなって
感じることが多々あります。
 
もちろんやってみたこと自体が
全て無駄ということはないですが
 
それの何が向かなかったのか。
言い訳ではなくて
 
失敗としての経験値と
やらなければ分からない
気づきがあります。
 
そこでパッと
次の別ステージに
変えていくことも
 
大事な選択の
ひとつではないですか?
 
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受け入れると次が開く

特に学生時代は
親の保護下であり
 
病気やケガ
さまざまな悩みで
命を落としさえしなければ
なんでもやってみてOKな立ち位置。
 
親の経済状況や
取り巻く環境で
どうしてもやれないことも
多々あるとは思いますが
 
お金持ちなだけで
たとえば
色めがねで見られたり
有無を言わさず
継ぐべき家業があったり…?
 
視点が変われば
本人だけしかわからない
どうしようもない
縛りがあることもある。
 

自由って

線引きは難しい。
 
どうせ定義がないなら
今置かれている環境
自分で選んで進んだ道
まぁまぁこれで良かったと
ストンと受け入れて
 
ここからどうするかは
自分がやって作っていけばいいので
 
誰かのせいにしないで過ごせれば
どんなに自分が楽チンかな。
 
視点が変わるのでまたひとつ
次のステージが開けますよね。
 
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地に根差したキャリア教育

ちょうどキャリア教育が
提唱されたあたりに
文科省から指定され
 
地元の小中学校が
モデル校となりました。
 
各学校で地域と交流する
新たな取り組みが実践され
2年実践ののち
 
メイン担当の教頭による
発表の場がありました。
 
その会は県全部の
小・中・高等学校の先生方と
PTA役員の父兄。
 
発表あと先生方からの質問は
「自分の地区ではどうしたらいいか」
「何から始めたらよいか分からない」
「モデル校でやったことを教えてほしい」
と自分で考えもせず
教えろというものばかりでした。
 
先生自体が主体性を持っておらず
教科書やガイドがないと
進められないと途方に暮れる様子を見て
 
指導する大人がこれでは
「子どもに生きる力を」とか
「考える自主性」とか
キャリア教育は厳しいな
とうのが率直な気持ちでした。
 
すると多分
文科省の職員と思われる
この日の講師の方が
こうお話しされたのです。
 
全く前例のないものを
考え実践してカタチにするのは
不安でとても大変でしょう。
 
でもどこかの町で
その中にある学校が
やって成功したことを
そのまま他の地で実践しても
 
環境が違うので
成功させることはできないのです。
 
幸せの青い鳥は
自分の町で
自分の手で育てなければ
 
よその町では適応できず
死んでしまう
そのようなことなのですよ。と
 
それは諭すように
とても優しい口調で。
 
その後先生方からの質問はなく
それぞれの思いをもって
各学校に帰られました。
 
地域で皆で一体となり
子どもたちを
見守り育てるとは
 
そのようなことなのだと
教えていただきました。
 
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親ができること

10才ともなれば
委員会や部活が始まり
 
上級生は責任感をもって
下級生の世話をし
 
友だちと悶着しながら
家庭内では身につけられない
経験値をあげていくわけです。
 
親ができることは
あと少ししかありません。
 
ひたすら黙って見守り
生きるベースである
体のための習慣
 
早寝・早起き・朝ごはん
 
伝えるべきことは
言葉だけじゃなくて
大人がやって背中で見せる。
 
相談ごとは
悩みが大きいほど
親が可哀想すぎて
彼らからは言い出せずにいるので
 
担任や部活顧問
親友のママと
クラスメイトの父兄全員
 
お互いの情報を持ち寄りながら
遠巻きに大丈夫かな?
って見守るくらいしかできないし
しちゃいけないんだなって感じてます。
 
ひとつだけ断言できることは
【構いすぎは猛毒】
 
一挙一動気になって
言いすぎ・構いすぎは
怒ってなくても虐待と同じ
 
監視と支配の毒を
子どもに植え付け
 
物心ついたごく幼少期から
人の顔色ばかりうかがう
びくびくした子になる。
 
良い子に育ってほしいと
願いすぎて
親の考えた理想と少し違うと
無意識に修正しようとする。
 
悪いこともしていないのに
素のままのその子の人格は
完全に置いてけぼり
 
監視はイコール
依存でもあり
 
ある程度大人になって
支配の目が近すぎても
遠ざかっても
どうしようもない不安に駆られ
 
ぶちっと切れて
親か自分か、または最悪の場合他人に
良くない行動となって向かっていく。
 
または自分でなにかを
成せる気がしないので
希望も無く人を避けるようになり
殻に閉じこもる。
 
そして親になる日がくれば
すっかり毒が沁みこんでいるから
 
その子もまた自分の親と同じ
毒親になってしまう。
 
自分と子ども両方の
「自立を絶つ」とても危険な道です。
 
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あれから10年

小・中学校から繋がる
その先の進路である
 
高校と大学
地元のリアル社会人まで
巻き込んでのキャリア教育でした。
 
親としても一緒に取り組んでいて
それぞれの学校にも
お互いに何度も行き来し理解を深めた結果
 
息子はそれに携わった高校に
進学することを決めました。
 
例年であれば当校からは
2,3人が受験するところ
この年は10人近く受験者があり
 
現在は娘もそこに
在学させていただいてます。
 
2人とも自分で進路を選び
将来に活かせる
実践的で得意な科目と
 
大変でも大好きな
やりがいのある部活に没頭し
いわゆる青春を謳歌しております。
 
いろいろな人に感謝ですね。
今夜は完全に母でしたが
ここまでお読みいただきありがとうございました。。。柴田りか☆彡
 
 
 
 
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